草摘みのこと

 『Spring ephemeral(仮題)』2019.4



当たり前のように通り過ぎてしまう人々が多い草木たちには、お花を咲かせたり実を結ぶまでに、何年もかかるものがあり、その植物にしか宿らない虫の命や、その植物を寄る辺にしている動物たちもいる。


私たち人間を含む生き物はその場所の精鋭として存在していて、循環の中で連綿と命を繋いできているもの ということに氣がつき、15年ほど前から日本の野山にある植物や文化についての理解を足や手を動かしながら深めている。


写真や展示、ワークショップなどで表現方法を模索したり、自然ガイドなどを含めた伝え方や技法を学び(あまり表に出していないが日本に自生する植物にまつわる検定を保有したり、ガイドの研修を受けたり資格も現在取得中)、茶道と健やかに食べる心身の学びも現在継続中である。

より地球に負担のない形でお伝えし、愉しむとともに、守りながら繋いでいきたいという想いを胸に、まずは自らが実験的に示すため2020年、札幌 簾舞で「五風十雨」という名を冠して場を始める。


その時お店の近くにあるものを主に、お食事とお茶を提供してきた。作りたい料理から素材を集めるのではなく、この土地の今あるものから作るものが生まれる。

もともとがほんとうに素晴らしいので自分はつなげるだけでありたいと常に意識している。外から見ると拘って制限しているかのように見える方もおられると思うが、 小さい循環の中には 大きくて自由な広がり があることを身をもって実感したこの数年。

奇しくもこの数年の災禍と同時であった。



場を持ち始めて3年経った今、子供も大人もともに愉しみながら大切なことを繋いで伝えていくことができたら と密かに抱いていた目標が、今年自分でも始めようと考えていた矢先に洞爺を拠点にしている自然にひらかれたまなびや「野生の学舎」にお声がけいただいて一歩踏み出す運びとなった。


いちばん始めにのせた写真の植物はカタクリ。

1年目はちいさな葉が一枚のみで、花を咲かせるまでには約8年ほどかかる。

今ちょうど札幌は見頃で、お店の前にも咲いている。雪が溶け大きな木が葉を茂らすほんの少しの間、太陽の光が地面にふりそそぐときだけに姿を見せる 春の妖精のようなお花で、大好きなお花の一つ。

今では数が減ってきているが、かつて建物がこんなに立つ前には北海道 そして札幌近郊の至る所で当たり前のように群生している植物だったと思われる。


石狩、小樽、札幌と ずっと北海道で生まれ育ち、生きてきたわたしは、これからもこの植物たちのある景色を 先に生まれる方達にも残していきたい。このままでは失われるものがたくさんあるため、たのしみながら植物や土地に対して敬意を持ち、循環するあり方や眼差しをそれぞれが持てるよう、真摯にお伝えしていきたいと考え、今まで準備をしてきた。


そして何よりも、この儚く うつくしい生命の存在に、毎年ひたすら飽きることなく感動しているのも原動力の一つである。



今ちょうど山菜採りの時期だが「採る」は一歩間違うと、他の生き物や環境、地球から「盗る」になる ということを心に留めていただきたい。これは自戒でもある。


そのことがあるから摘み草も、信頼している農家さんからのお野菜も、「土地の恵みをいただいている」という言葉でわたしがよく表現している理由の一つである。お肉でもお魚でもお野菜でも植物でも、等しく、わたしたちは必ず他者のいのちをいただいて、いのちを繋いでいる。


そのためにわたしたちの住まう国には、食べる前に手を合わせ口にする ある言葉 が脈々と使われてきたのではないか。 


ー ((いのちを))いただきます ー と。



✴︎


洞爺 野生の学舎とともに開催する

『野の いのち をいただく』


会の詳細はこちら



を皮切りに、当店では今年から草摘みや料理のワークショップのような時間を設けていきます。


5月はこちらからどうぞ



一般的な飲食店の形態からは離れますが当初より考えていた想いに、より純粋になった結果です。わかりづらくご理解を得られないかもしれませんが大切にしていることは何も変わりません。


詳しくはホームページの再開についてのお知らせでもご説明しています。

どうぞよろしくお願いいたします。



春をよろこび 祝福するような

花たちが咲き始めた4月の末



心からの感謝と愛とともに


五風十雨

代表 いがらしあみ 拝


0コメント

  • 1000 / 1000